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今年のフォーラムOsaki Midori Forum in Tottori
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文芸評論家 川 崎 賢 子
いくつかの資料について、まだまだ尾崎翠関係の資料の発掘
は続いております。 それについてのご報告をさせていただきた
いと思います。
昨今の日本では、昨今でないのかもしれませんが、私的所有
権のみならず著作権、
あるいは多くの人の思いのこもったもの
や努力をあたかも 無視するかのように、
勝手にやり取りしたり
する不心得者が後を絶ちませんので、
今からお話するプライオ
リティは私にあります 。 どうぞ、
何か引用なさる場合は実際に
お調べになり、 勝手に引用されて文脈が 違ってしまうと
困りま
すので、
ぜひその点お気をつけていただきたいと思います。そ
れだけお願いいたします。
一つは松下文子さんについて。これは全集の編者たちに責任
があると思うんですけど、あたかも尾崎翠の付属物か何かのよ
うに扱われていた人です。全集の編者は、尾崎翠とその時代の
女性たちの能力を
非常に低く見積もっていたと私は思います 。
いろいろ 調べておりましたところ、
松下文子さんのご遺族のお
宅にも何度か通わせていただきました。 それで、
いくつか今ま
での全集の解説に誤りがあるんではないかと思われることが出
てまいりました。
日本女子大生時代に、尾崎翠は「新潮」という商業主義的文
芸誌に 『 無風帯から』 という小説を発表した。
そのことをなじ
られて、
退学したということになっていたのですけれど、 実は
日本女子大が出している 「 家庭週報 」
という雑誌にさまざまな
人々の近況が出ていまして、何年何月号に尾崎翠『無風帯から』
があるんですよ。 しかも 「 無風界から 」
と誤字なって掲載され
ているんです。 一体これは何だろう。 ここに 「新潮」
に掲載さ
れたことで非難する 大学側の姿勢が読めるかというと、
そうい
うものとは違う 大学生の活躍を紹介するような
コーナーではな
いかと思うんです。ただ「無風帯」ではなくて「無風界」となってい
る文字の誤りは、何を意味するのだろうか。あるいは、それを見
た時に尾崎翠は何を考えたのだろうか。ちょっと、考えさせられ
ました。
結局、尾崎翠は日本女子大学を退学し、その後を追って松下
文子さんも 退学したことになっております。
それは事実です 。
ですが、全集の編者はそこまでしか語っていないのですが、読
売新聞のバックナンバーの調査をしていましたところ、
松下文
子さんはその後、 日本大学専門部の宗教学科70余名の中で、
女子で銀時計をとったという。 顔入り写真で、
すごい人が出て
きたとありました。専門は 「 真宗 」
である。これは尾崎、 山名
家のご宗旨であるわけですけれども、真宗の中に新しい生命観
を見出すという 宗教哲学的研究であるということで、
顔入りの
写真で インタビューしていました。 ほかにも8件ほど。
ひとつ
は新科学的文芸で、 どうやら右傾しているらしいと、
そこにも
ちらりと
尾崎翠の作品などを載せている雑誌であるという小さ
なコラム。 それからもうひとつ小さなコラムですけども 、
「 女
人芸術」の講演会で尾崎翠が出てきて話をしたり、その講演会
をこっそり覗き見してそれぞれに容姿何点、
才能何点、何とか
何点というふうに、
いかにも女性を男性目線で点数をつけるか
のような幾何的な点数がついているんです。
どうもそれはメン
バー、その中身からいって
「女人芸術」が左傾していた時代の
プロレタリア文学的な講演会だったようで、
それについての短
信が載っていました。
そのようなことについて松下家を何度か訪問させていただき
ました。岩波文庫に尾崎翠を入れさせていただきます。『
第七
官界彷徨』 『琉璃玉の耳輪』
そのほかという形で入れさせてい
ただくということで 、
松下家を何度か訪問させていただきまし
て、お線香を上げさせていただいたんですけど、そのお仏壇の
後方に安部公房の本がずらりと並んでいたんですね。 「
これ、
どなたがお読みになられたんですか」
とうかがいましたら、 実
は安部公房の母親のよりみさんという方が松下文子さんとは旭
川高等女学校で同期生だった、生涯の友であった。何度も何度
も会っているし 、 電話もきているし、 そして
お目にかかったこ
ともある 。「
僕自身も安部公房さんと電話で話したことがある
んですよ」 と
息子の松下雅信さんからお話をうかがいまして 、
びっくりいたしました。
というのは、尾崎翠のアバンギャルドな実験文学のあり方を、
花田清輝という哲学者が安部公房のそれと比較して書いた有
名なエッセイがあるわけです。そしていろいろとうかがいました
ら、松下文子さんにとってこそ尾崎翠はミューズ ( 女神
) であ
って、 誰に対しても、
林芙美子さんなんかよりずっと才能があ
った。「
今どきの芥川賞作家などが裸足で逃げ出すような大作
家だったんだ」 と文子さんはおっしゃっていたそうです。
それをうかがって、それほど親しかった文学仲間であった安
部よりみさんに、松下文子さんが「自分の友だちにこんな天才
的な文学者がいたんだ」と話さなかったことの方が不自然では
ないかなと今思っております。
それは物証があるわけでもあり
ませんし、 まだまだいろんな方に聞き取りを重ねたり、
あるい
は後で「為書とか何かございませんか?」
とうかがっているん
ですけど、何らかの形で母親同士、女同士の絆、と後にやって
きたアバンギャルドな、
ノーベル賞をとるんではないかといわ
れた安部公房さんとつながる線はないのだろうか、あるのだろ
うか。母親同士は確かにつながっていました。女としては確か
につながっていたんですが、そこに男性の文学者はどんなふう
に入ってくるんだろうか。そういうことを今、調べたりしていると
ころです。
また ご報告できるようなことがございましたら、
みなさまに
もお知らせしていきたいと思います。まだまだ研究は進んでい
ますし、そしてもっともっと新しい顔、
世界の中の尾崎翠とい
う姿がこれから見えてくるはずですので、どうぞ地元のみなさ
まも、お客様方も長い目で尾崎翠フォーラム、そして尾崎翠研
究、あるいは尾崎翠を愛する若い人たちを支え育てていかれた
らありがたいなと思っております。
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