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書籍紹介Osaki Midori Forum in Tottori
=新刊案内=
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目次
はじめに
第一章 歩くことと書くこと ー 初期散文から「歩行」まで
第二章 兄の知と妹の変装 ー ナンセンス・ユーモアの方へ
第三章 めくるめく「七」の世界 ー 「第七官界彷徨」
第四章 転生する「小野町子」
第五章 読む女、書く女、書かれた女
おわりに 柔かい海
『日本海新聞』(2010
年6月30日)に掲載された北川扶生子さ
んの書評を紹介します。
北川扶生子(鳥取大学地域学部准教授)
待望の書である。
鳥取に生まれ、戦前のわずか十数年間に、数々のユニーク
な作品を残した作家、尾崎翠(1896-1971)。近年、再評価がめ
ざましく進むとともに、若い読者もますます増えている。今なぜ、
尾崎翠が読まれるのか。
尾崎が活躍した昭和初期の都市文化は、モダニズムと呼ば
れ、映画やデパート、 ウィンドー・ショッピング、
アパートなど、
現代につながる様々なライフスタイルが、日本に定着した時期
だった。
川崎氏は本書で、尾崎に影響を与えた当時の文化の諸相を
博捜し、尾崎がそれらをどう受容し、作り替えたかを検証する。
農学、仏教、進化論、心理学などの学問知から、表現主義な
どの芸術思潮、 ヴァージニア・ウルフをはじめとする外国文学、
源氏物語などの日本古典、映画や雑誌などのメディアまで。時
代のなかに作家を置いて眺めようとする壮大な試みは、同時に、
尾崎を窓口とした重厚なモダニズム文化論にもなっている。
たとえば映画。尾崎はすぐれた映画評を残したが、暗闇にじ
っと身を置いて、
たえず移りゆくスクリーンに心奪われる姿は、
個室でインターネットを通して、
膨大な情報の流れにアクセス
する現代人の祖先といえる。現実の人間より、画面のなかの
人物のほうが好き、と言い切るあたりは、元祖・「二次元萌え」
女子か。
「読み書きする女」をめぐる考察も興味深い。 男性作家によ
って形成された伝統=権威を前に、自己表現しようとする女性
が陥らざるを得ない混乱と、 模倣やずらしやパロディなどの手
法で、正典を内側から読み破った尾崎の独創が明らかにされる。
そしてその先に見えるのは、 男と女が対になることで、
人間
的な完成や幸福がもたらされるする、
恋愛幻想や異性愛体制
の解体である。
結婚しないと決めたわけじゃないけれど、 今の生活を壊して
まではしたくない。 対関係をめぐる幻想から解放された単身者
が、メディアのなかにリアルを感じる。
これはほとんど現代人の
似姿ではないか。
著者は、『彼等の昭和―長谷川海太郎・りん二郎・濬(しゅん)
・四郎』(白水社)でサントリー学芸賞を受賞し、宝塚歌劇論など、
「少女」領域を切り開いてきた、現代を代表する批評家のひとり。
「幻の作家」からスタンダードへ。
没後四〇年を前に、理想的
な読み手を得て、 「私たちの大いなる先達」としての尾崎翠が、
姿を現した。
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